自由が丘整形外科の体験談とリウマチと膝関節治療に悩む患者さんの声


No.49

2012年4月 リウマチ

31才の時に出産3か月後、右手指の激痛から始まり、移動性の激痛、発熱、疲れやすい、風邪をひきやすい、歯痛などの症状に悩まされる。家事、子育て、全てが困難。大学病院に3年通院するが、全く痛みが改善されず、薬は全く効かないものしか出してくれない。

しかも、リウマチは治りませんと冷たく言われ絶望的でした。「痛みがひどい時来てください」と言われて行った時も、何も対処なし。二人目出産後、更に悪化。つらい日々が続きました。

見かねた家族が自由が丘整形外科をネットで探し、ダメ元で来院。先生の握手と「痛みを取りましょう」の言葉に涙が出そうになり同時に希望がみえました。

現在、生物学的製剤とMTX、ステロイドで激痛から解放されつつあります。季節や寒さで、波はありますが、元気な日が増えつつあります。先生方初めスタッフの方々に感謝感謝です。これからも、よろしくおねがいします。

体験談専用メールにて 茨城県  40歳 女性

院長コメント

血液検査で数字があがらないと、なかなかしっかりとした治療をしてもらえないパターンが多いですね。





No.48

2011年11月 リウマチ

まず先生にありがとうございました。
左手首が時々痛み検査の結果、リウマチの数値が出ているとのことで、大学の専門医を紹介されました.

二年間くらい過ぎましたが、少しも良くなることがありませんでした。

諦めかけていたときに自由が丘整形外科の事をパソコンで知り、あまり期待をせずに行きました。

ところが6カ月たったころまったく何もなかった時のように健康な自分に戻りました。

病院との出会いに、とても感謝しています。

体験談専用メールにて 世田谷区  78歳 女性

院長コメント

早期に治療開始できたのでメトトレキサート12mgですぐに寛解しましたね。次は完治を目差しましょう!

予防のための、肺炎球菌ワクチン、帯状疱疹ワクチンもうっていただきましたから万全ですね!!





No.47

2011年11月 リウマチ

リウマチ発症は3年前でした。今思えばいくつか兆候はあったように思います。

顎関節症、五十肩、捻挫のような足首の痛みや突然の手足の腫れなどです。

しかし、しばらくすると症状は治まっていたのでリウマチかも知れないとは思いませんでした。(他の整形外科ですが)

受診のきっかけは手指や手首の関節の激痛と腫れでした。

抗CCP抗体は480近くあり、早期のリウマチと診断されました。

当初アザルフィジンとステロイドを服用しましたがなかなか効果が出ず毎日痛みと腫れに悩まされました。他の患者さん同様、ペットボトルや牛乳パックを開けることはできず、洗顔や着替えにも難儀しましたし家事もできませんでした。

リウマチに関して本や、リウマチ学会のシンポジウムで知識を得て、抗CCP抗体が高い人ははじめからMTXの服用が望ましいことを知り、自由が丘整形外科に転院しました。
(最初の医院ではなかなかMTXを処方してくれませんでしたし治療ガイドラインでは8mgが上限でした。ガイドラインって患者のためではないのだなと思いました。実際8mgでは痛みが出てしまいました。)

現在はMTX12.5mg/週
週で痛みや変形はなく、倦怠感などもなくなりました。

どのような病気もそうであるように初期治療が非常に大事だと痛感しました。

そして患者は医師任せではなく、自らも勉強しなければいけないと思った次第です。今ではタオルもばっちり絞れます。

体験談専用メールにて 川崎市  55歳 女性

院長コメント

お医者さんに五十肩っていわれたら要注意ですね。
「五十肩」って原因がよくわからないから五十肩って呼ぶわけですから。意味のない病名なんですね。

抗CCP抗体がこれだけ高値でも、早期であればMTXだけで大抵寛解できますね。

炎症は燃え上がらせてから消すのは大変なんです。

英語では、 Too late if it flares up. といいます。





No.46

2011年10月 リウマチ

2003年よりリウマチ発症。

メトトレキサート増量と生物学的製剤で痛みは全くなくなりました。

右足のタコと外反母趾が痛かったので、天本先生に足の指の手術をしてもらいました。

手術前は運動靴しか履けませんでしたが、
手術後は細くて真っ直ぐな足になり、手術後2ヶ月でパンプスやブーツが履けるようになりました。

ほんとうにありがとうございました。

院内用紙にて 埼玉県北葛飾郡  65歳 女性

院長コメント

仮にリウマチが完治しても、外反母趾と足指の変形による足の裏のタコだけはなかなか痛みがとれません。

骨を削るだけの簡単な手術で普通の靴がはけるようになりますので、ご相談ください。(入院1−2週間)





No.45

2011年10月 リウマチ

大阪の大学病院で一年治療していましたが、全く痛みがとれず、こちらに受診しました。

3ヶ月毎に通院しています。

こちらで治療して半年も経たずに、ゴルフやスキーができるようになりました。

新幹線で通院するのが楽しみになっています。
本当にありがとうございます。

初診時 CCP抗体245 MTX8mg開始

院内用紙にて 大阪市中央区 64歳 女性

院長コメント

早期に治療したので、MTXだけで寛解しましたね!

本院のリウマチ患者さんは、ゴルフやスキーは当たり前のようにできるのが普通です。





No.44

2011年10月 リウマチ

右手首の痛みが始まったのは約四年前。血液検査の結果「あっ、これはリウマチですね。」と診断されました。

ペットボトルのフタがあけられない、ひどいときは洗顔もできない!

痛い場所が腫れ上がり、常に左手で押さえていました。

ロキソニンを朝一錠飲んで何とか過ごして居りました。

過去三年間、四六時中痛みがあったわけではありませんが、突然痛みが襲って何も手につかない状態のくり返しの時期もありました。

見かねた娘がインターネットでリウマチは治る時代で我慢することはないと、今年五月、こちらの病院を尋ねました。

“エンブレル”初めて聞く名前です。

住所が遠いので通院が出来ません。仕方なく自分でお腹にグサっと自己注射、痛いけど上手になりました。

注射を始めて以来、一度も痛みがありません。

園芸も少しずつ出来ます。

娘の家に滞在して横浜の友人と遊ぶのも楽しみの一つになりました。

来年は八十才という大きな山を迎えます。寝たきりにならないよう、頑張るつもりです。

MTX12mg/週服用。エンブレル25mg/2週。

お手紙にて 山口県 Sさん 79歳 女性

お手紙

院長コメント

自力でペットボトルがあけられるかどうかは、すごくわかりやすい回復のめやすになりますね。

今回、初診当日に、手関節注、MTXを6rから12rに増量。2週間後にエンブレル開始。

半年どころか、今回は、2−3週間で寛解でした。

MTXと生物学的製剤が効いてくるまでは十分にケナコルトの関節注射を効かせてあげればよいのですね。関節リウマチの寛解の定義では、ステロイドによる痛みゼロ状態も除外はしていません。





No.43

2011年8月 リウマチ

病院内の皆さんが明るく、気持ちが明るくなれて幸せです。

痛みが左肘から始まり、大学病院のリウマチ科に2年間通っていましたが良くならず、自由が丘整形外科を受診しました。

こちらで、はじめに、左肘に関節注射をしたことで、すぐに痛みが軽減しました。

今は、生物学的製剤の注射とMTXの服用で痛みが全くないので、ミシン仕事もできるようになりました。

MTX8mg/週服用。エンブレル25mg/10日。

当院用紙にて 品川区 Oさん 71歳 女性

院長コメント

発症後2年以上たっていましたが、すぐに寛解しましたね。

実は、発症して何年以内までを初期リウマチと呼ぶかという議論はあまり意味がないことなんです。 なぜなら、発症後の進み具合がひとによって千差万別だからです。

たとえば、最初10年間もだらだら軽症で続き、ある年突然、半年で急激に進行などといったケースもよくあります。

何年たっていても関節の変形さえまだなければ、すべて初期と私は呼んでいます。そして、そういったかたは発病後5年以上たっていても、容易に寛解(痛みのない状態)が達成できるのです。





No.42

2011年2月 リウマチ

今年の10月で、リウマチ歴14年になります。

なかなか思うように良くならず、特に昨年1年間は痛くて辛く、精神的にもとても苦しみ、何度も泣きました。
半ば諦め状態でした。

しかし、「こんな辛いだけの人生はもう限界だ。これ以上変形させたくない」と思い、リウマチに関することをいろいろと見ていましたところ、偶然、自由が丘整形外科さんを知りました。

昨年の12月15日に初めて天本先生にお会いし、診察していただきました。

その時、先生は「痛みのない生活、これ以上進行しないようにここで止めましょう」と言ってくださいました。

思わず涙が出ました。私は感激すると共に天本先生の誠意と頼もしさを感じました。

診察の結果、ケナコルト注射、MTXの増量、生物学的製剤の投与となり、看護師さんに注射を打って頂きました。

翌日の朝、目が覚めて驚きました。
私にとって、正に青天のへきれきでした。手のこわばりは一切なく、紡錘形にはれていた指もかなりはれがひき、とてもすっきりしていました。ただただ驚くばかりでした。

手首、足首、肩の痛みもなくなり、おかげさまでベッドから楽に起き上がれるようになりました。

今まではかんり苦労して起きていましたので、嬉しさこの上なしです。その上、壊れきってしまった膝も痛みが軽減し、ロボット歩きがずいぶんと解消されてきました。生物学的製剤の効き目のすごさを実感いたしました。

以前の私は、痛みと共に1日が始まり、午前はほとんど動けずベッドへ逆戻りするか、椅子に座ったまま何時間も過ごすという状態でした。身体もこわばっていたために、私はいつも夫に「私は1本棒みたい」と口癖のように言っていました。

人間は、こんなに楽にスムーズに動けるということを私は忘れかけていたような気がします。

痛みは、本当に意欲を失せさせます。

天本先生のおっしゃいます「痛みのにない生活は基本的人権」は、身にしみ、本当にありがたいお言葉です。

おかげさまで、今はとても幸せです。衣服の着脱も楽にできるようになりました。

夫の髪も楽にカットできるようになり、とても嬉しいです。(若い頃、美容師をしていました。)

今年は、長い間、休んでいた習い事を再開しよう、おいしいパンをたくさん作って孫やお友達に持って行こうなどと気持ちも前向きに考えられるようになりました。ありがとうございます。

薬の副作用対策も万全にしていただいておりますので、私自身も体調管理をしっかりしたいと思います。

天本先生はじめ、穏やかで優しい看護師さん、誠実そうなレントゲンの技師さん、熱心に指導して下さる理学療法士さん、明るくて感じのよい受付の方、皆様に心から感謝しております。今後共、お願い致します。

院長コメント

ありがとうございます!!私達も今以上に頑張っていきます。





No.37

2010年3月 リウマチ

自由が丘整形に御世話になって2年が過ぎました。

皆様の体験談を読ませていただいて、地方では医療が遅れていて、
遠い網走からもいらしていることを知り、びっくりいたしました。

でも大都会に住んでいましても、やっぱり望み通りに治療をしてもらえないことには変わりがないんだということがあります。

天本先生にお世話になる前は、横浜の大学病院で治療を受けておりました。

発症していてもリウマチという診断が出るまでに半年かかりました。これは当時では仕方のないことだったのかもしれません。

すぐに治療が始まってリウマトレックスが8mg/w出て、痛みは感じなくなり1年半ほどは快適な毎日を過ごしておりました。

2年を過ぎるころからときどき痛みを感じるようになり、少しですが変形も出てきました。

不安になった私はネットで自由が丘整形を知り診断を受けました。

結局MTX16mg/wまで増えましたが、痛みはなくなり、活動的な毎日を送っていましたが、
又痛みが少し出て、先生から生物学的製剤を薦められたのです。

肺炎などの余病が心配で、どうせエンブレルを打つのなら、
前にかかっていた大学病院なら何かあった時にすぐ対応してもらえると、
転院を考え、天本先生にその由を伝え、快く紹介状を書いていただきました。

又何かあったらいつでもいらっしゃいと言っていただきました。

ところが、大学病院ではエンブレルどころかMTXも前と同じ8mg/wで、あなたは右手しか症状が出ていないから、
エンブレルは出来ないと言われてしまいました。私が今薬が効いているから左手に出ていないと言っても聞いてもらえません。

痛みがひどくない今のうちに旅行とかいろいろやりなさいっておっしゃるんです。

そして恥をしのんで、天本先生のところへ戻ってきました。
先生は戻って来ると思ったよとおっしゃって笑っておられました。
ちゃんと余病が出ないようにフォローするから大丈夫と言われ、浅はかだった自分が恥ずかしくなりました。

エンブレルを初めてもう1年になりました。
経済的には大変ですが、アクアビクス、卓球、ウォーキングと活動的な毎日を送っています。

そして今年初め、MTXが12mg/wに減りました。減っても痛みもありません。ときどきリウマチを忘れることがあるくらいです。

地方からいらっしゃるのは本当に大変と思います。
近くで診ていただける先生にお会いできたことをとてもうれしく思っています。

天本先生、看護師さん、スタッフの皆さんこれからもどうぞよろしくお願いいたします。

メールにて  横浜市  65才 Sさん  女性

院長コメント

WELCOME BACK !!

自由が丘整形外科を一度でも受診したかたは一生めんどうみますからご心配なく!
ファミリーみたいなもんですからね。いわば終身会員制のクラブみたいなもんです!





No.36

2010年2月 両膝の人工関節手術(UKA)を受けて

1.歩けるようになった

この写真アルバムは本年(2010年)1月中旬、奥日光の戦場ヶ原付近の森の中をスノーシューを履いて散策した時のものです。

数年前の自分では想像も出来ない姿です。

私は昨年(2009年)2月5日 都立広尾病院で天本藤緒先生の執刀のもと両膝の人工関節手術(UKA)を受けました。

約1ヶ月の入院の後リハビリとして手術前から続けていた 

(1)地元市のトレーニング室でのストレッチや筋力トレーニング 
(2)温水プールでの水中ウォーキングや水泳 
(3)鍼と指圧で筋肉や腱の調整 を引き続き実施する一方、歩行に自信が出てくるのにあわせて
(4)自宅付近の里山をウォーキングして歩ける距離を徐々に伸ばし 体力をつけるべく励んでまいりました。

また、昔の山仲間が私の膝の回復を知って山へ引っ張り出してくれました事も、歩行の回復に一層のはずみとなりました。

そして奥日光の雪原をスノーシューで歩けるまでに回復したのです。

手術前は自宅より150mほど先のポストまで手紙を入れに行くのすら難儀であった私にとりまして、どんどん歩けて痛みが出ないということ、自由な歩行が取り戻せた事がどんなに嬉しく有難い事か、身にしみて感じております。

2.手術前の状態

私の変形性膝関節症は50歳前後から本格的に現れ出しました。

どなたもが 訴えられる典型的な症状、正座が出来ない、階段の下りが辛い、長く腰掛けていて立ち上がると膝が痛む等の症状で始まり出しました。

若い頃山スキーで骨折したのが引き金となり、もともとO脚であったこともあり、その後の子育て、仕事、老親の介護と自分の体をいたわる暇もない忙しい生活の中で膝関節症が進行して行ったのです。

良いといわれる事はありとあらゆる事に挑戦しました。整形外科での膝への注射、リハビリ、足底板、膝の弾力包帯、杖などなど。けれど、膝の痛みは一向に改善せず、変形が徐々に進行して行きました。

60歳頃からは手術も視野に入れて、受診する整形外科の先生にはどなたにも手術の可能性についてお伺いしましたが、自分にとって決定的な回答を得られぬまま10年が過ぎました。

膝の痛みはますます増して、山に登り自然に親しむどころか、街の中を平らな道を歩くのさえままならなくなってきました。スーパーでの買い物でカートに頼って歩いていても1時間も歩くと、もうとても立っていられなくなり近くの椅子にへたりこんでしまったことが何度もありました。

2人の子供はそれぞれ家庭を持って独立し、自分と主人の両親それぞれを見送って、自分の事に時間が取れるようになったのですが、10年前乳癌の手術を受け、4年前主人が急逝し一人暮らしとなりました。

何処へ行くのも車を使い運動量の少ない、また癌の再発のリスクの高いこの生活では、いつまで生きられるかわからない。いずれ寝たきりになってしまうだろう。我が家で車椅子で過ごせるように自宅のリホームも本気で考え、いつも身近に死を考えている生活になっておりました。

3.手術のきっかけ

そのような頃(2008年3月)息子夫婦が、テレビで膝関節の新しい手術が行われているのを見たと知らせてくれました。私はインターネットで天本先生の自由が丘整形外科に辿りつき、即座に受診いたしました。

「八ヶ岳へでも登れるようになりますよ」との力強い先生のお言葉で手術を決断しました。仕事の都合で手術の予約を10ヶ月後の2009年2月とさせていただきました。「途中で手術を止めたいと思ったら、いつでもキャンセルしてもらって良いですよ。」との天本先生のお言葉も安心材料でした。

4.手術をうける

入院は1回で済ませたいとの思いから両膝同時に手術をしていただきました。

そのため手術時間が長くなり、また、術後2日間ベッドの上で脚が動かせなかった為か、はたまた、私自身のもつ体質由来の為か、術後1週間時点で脚に血栓ができて、それが肺にも飛んでいる事が判明! けれど、広尾病院循環器科の先生方の迅速な対応で一命を取り留めました。

まさに、命がけで得られた自由な歩行です。

5.生きる力

「自分の人生あと何年」との考えから一変して「100歳まで生きるぞ!」になりました。

もちろん膝以外にも様々なリスクが私を襲ってくるでしょうが、今までよりずっと運動量は増え生活習慣病への予防行動が違ってきました。

普通の71歳の体になりました。 

私「人工関節には期限があると友人から忠告されましたが。」 

天本先生「一生もちます! 一生ものです!」

若い頃からの夢である「いつまでも自然に親しんで」、孫たちの成長を見届けるまで 生きて、生きて、生き抜くぞ! 

天本先生本当に有難う御座いました。

謝辞:奥日光の雪原歩きを共にし、写真アルバムの編集をして下さった2人の古い山の先輩に心より感謝いたします。

奥日光紀行

メールにて  伊勢原市  71才 Iさん  女性

院長コメント

すばらしい写真ですね。

Oxford UKA(BIOMET社)は、20〜30年の安定した長期成績が報告されています。

60歳以上の方であれば、普通にいけば一生もつと見込んで手術を行っています。